ココロの荷物のおろしかた

■HOME



■このサイトについて



■依存症ってどんなもの?

 ●依存症の意味
 ●嗜癖の3分類
 ●依存症になるのは
     意志薄弱だから?

 ●依存症は治せるか



■パチンコ依存症とは?

◆ある依存症者
     ―Kさんの場合

◆パチンコ依存症を考える
 ●依存する心のプロセス
 ●パチンコ依存症者が
         抱える問題

 ●回復を求める時
◆パチンコ依存の処方箋
◆パチンコ依存症雑感



■共依存症って何だ?

 ●共依存症の概念
 ●イネーブリングという
     考え方

 ●共依存者の心の波紋
 ●アダルトチルドレン
 ●共依存を疑った時は




■本のご案内
 ―依存症を知りたい時に



■LINK■

■BBS■


管理人・あきらの現在
Diary
Crossing

パチンコ依存症とは?■  

◆パチンコ依存症を考える―回復を求める時◆
【リバウンドの心理】 【代替依存の功罪】 【自己肯定を取り戻す】



● 回復を求める時

【リバウンドの心理】

いかに依存症者がパチンコにのめり込んだとしても,様々な問題が発生してくる中で,徐々にパチンコが「遊び」の範囲を逸脱していることに気づくにつれて,
「これではいけない」
という思いを強くし始めます。

そして,何とかコントロールを取り戻そうとし始めるのですが…
本当の回復に向かう前に,いくつもの障害にぶつかることになります。

そのうちの最もわかりやすいのが「リバウンド」です。

パチンコ依存症の克服とは,リバウンドの誘惑との戦いでもあります。

禁パチするぞ!と決意して,その後一度もリバウンドしなかった人というのはまずいないでしょう。
多かれ少なかれ,パチンコ依存症を克服した元依存症者は,なんらかの形で禁パチと再依存を繰り返した時期があるはずです。

他のどんな依存症でもそうだと思うのですが,依存対象と縁を切るのは容易ではなく,単に「好きな物を我慢する」以上の努力と変化を要します。

私の登録させていただいている「禁パチ☆軍事戦線」でも,毎月たくさんの方が禁パチを目指して入隊してこられます。
しかし,その後の月に一度のガサイレチェックを通過できず,消えていく人もかなりの数にのぼります。
全員が全員,リバウンドしての除隊とは限らないわけですが,入隊して1ヶ月程度の方に関しては,依存対象からそんなに簡単に離脱できるとは考えづらく,またシステムを理解しないままに除隊になり,その後リバウンドする方もおられることを考え合わせれば,やはり相当数の方が禁パチ決意後の早い時期にリバウンドしていると考えてよいと思います。

大抵の依存者は,まず自力で「我慢する」ことで止めようとし,大抵は止められずリバウンドを繰り返します。
やがて,独力では無理だと気づき,何らかの外部の手を借りることを考え始めます。
それは,周囲に宣言することであったり,本やネットで情報を集めることであったり,サイトに登録することであったり,精神科に通うことであったりします。
禁依存の過程は,イコールリバウンドしない方法を探していく過程だと思います。

リバウンドする人としない人の差,とういうのは,それほど簡単に線引きできるものではないと思っているのですが,それでもいくつかの傾向は見えるように思います。

ひとつめは「状況」の差。
借金を抱え,完全に底つき状態でたどり着く人は,もうやめる以外の選択肢は残っていないので,比較的短期間にリバウンドすることは少ないと言えます。
逆に,借金も無く,状況的には追い詰められていないが漠然と不安感を感じて…という人はやはり止めにくいです。

ふたつめは「覚悟」の差。
ひとつめの底つき状態にも通じるのですが,家族など周囲の人を裏切っていることへの罪悪感や,自分自身に対する絶望感が強く,自戒の意識の強い人はやはり残るようです。

みっつめは「理解」の差。
自分のパチンコ依存症はどこに原因があるのかを深く掘り下げたり,禁パチサイトに登録するという方法一つに頼ることなく,さらに自分に合った方法を並行して探すような人は,自分自身の性質や依存症に対する理解を深くすることで「パチンコ依存症からの克服」を確立しようとする意識の強い人であり,やはり継続率が高いです。
逆に,これはふたつめとも重なるのですが,「やめること」の意義をしっかり考えたり,やめられない自分を掘り下げることを避ける人は,やはり短期間でリバウンドしやすいように感じます。

要は,「止めたい」「止めよう」だけで止めることはかなり難しいのです。

「なぜ止めなければならないのか」「止めることで得られるメリットは何なのか」

具体的なイメージと目標を持てる人,自己分析をし,自分にとって効果的な方法を探ることが出来る人ほど継続率が高くなるように思います。
自分の依存症を認めようとせず,「痛いところには触らない」姿勢では,依存症を矯正することはかなり難しいと言えるでしょう。

〔私の禁パチが続いているわけ〕

私が「禁パチ☆軍事戦線」に入隊したのが2004年5月でした。
幸い,その後はリバウンドすることなく今日に至っています。

ですが,私も,「禁パチ☆軍事戦」にたどり着くまでは,独力では禁パチできず,やめようと決意してはリバウンドを繰り返していました。

ですが,軍事戦線に入隊した時点で,おそらく,かなりの確率で,ある程度の期間はパチンコから離れられるのではないか,という読みはありました。
それは,次のような自分の性格によるものです。

*周囲の人目や評価を過剰に気にする。
*一度宣言したことを覆すのに勇気がいる。
*誰かを裏切る,嘘をつくということに対する抵抗感が強い。

要は,気が小さくて周囲の人の目に脅えているわけですが,この性格ゆえに,サイトに登録し宣言し,掲示板などに書き込むことによって名前を覚えてもらういうことは,非常に有効な方法でした。

ただし,逆にこういう性格の人が,一度何かのはずみにリバウンドしてしまうと,戻ってきてリバウンド宣言しやりなおす,という方法をとるのは非常に難しいです。
人目を気にするがゆえにリバウンドした自分を人前にさらすことができず,小心であるがゆえに自己評価をとことん下げてしまい,自分のような人間はパチンコをやめてまともに生きるなんてできないんだ,などという極端に自虐的な心理状態に陥りやすいからです。

そういう自分を理解していたために,私はサイト登録と並行してカウンセリングに通いました。
また「依存症」について学び,パチンコ依存症だけでなく,共依存も含めた自分の依存性質全般の改善を求めて,ブログ「ココロの荷物のおろしかた」を始めました。
効果はあったと思っています。

あるやり方でリバウンドを繰り返してしまう,という人は,やはり一度しっかり自分に向き合う作業が必要だと思います。

やり方はひとつではありません。
インターネットでのサイト登録が有効な人もいれば,GAでのリアルな交流が効果的な人もいます。
精神科やカウンセリングでの1対1の対面治療の方が効果が有効な方もいるでしょう。特に,鬱病を併発しているような場合は,病院での薬の処方が効果を上げることもあります。

まずは,自分を知ること。
そして自分の覚悟を固めること。
いずれの方法をとるにしても,禁パチは長い道のりは長いです。
ただ「我慢する」だけでは越えられない部分がありますし,一時的に越えられたとしても,理解が弱い場合は,後にあげるように,しばらくの期間禁パチできても,その後リバウンドするようなことが起こりえます。

〔周囲の誘惑を振り切る方法〕

やはり禁パチ初期の方のリバウンド理由としてよく聞くのが,「友達の誘いを断われなかった」「会社の同僚と話していてつい…」という,周囲からの直接・間接の誘惑を振り切れないパターンです。

これはまあ,端からみるとおかしな話で,じゃあその友人の周りの人はみなパチンコ好きか?その会社の人間は一人残らずパチンカーなのか?ということになりますが,そんなことはないはずです。
友人の周りにもパチンコをしない人は必ずいるはずだし,同僚や上司がいくら誘おうと,絶対にギャンブルはしない人というのはいるはずです。

断われないのは,やはりパチンコに未練がある自分がいるからです。
止める人は,どんな環境でも止めています。

とはいえ,友人や同僚の誘いは断わりにくい,禁パチしてるといってもわかってもらえない,そこまで追い詰められていることは知られたくない,という方,こういう言い訳はいかがでしょうか?

「親(子供・妻・兄弟・祖父・祖母・まあ身内なら誰でもいいのですが)の病気が治るように,願掛けでパチンコには行かないことにしんたんだ…」

こう言われて平然と誘える人は稀でしょう。
むしろ,あなたが行こうという素振りを見せようものなら,

「おいおい,親(子供・妻・兄弟…もうええか)のことはもういいのかよ?」

と引き止めてくれるかもしれません。

「身内を病気だと偽るなんて縁起でもない」と考え方もいらっしゃるかもしれませんが,パチンコを止められずにずるずる行けば行くほど,家族に与える「実害」は大きなものになります。
もちろん,抵抗があるなら「子供の受験のため」「親の商売が軌道に乗るまで」などでもいいのです。

ただし,くれぐれも大風呂敷を広げすぎないように。
健康なのに命に関わるような病名を挙げたりすると,細かく突っ込まれたときすぐにバレ,ますます立場が悪くなります。
また,短期間でかたがつきそうなものもご法度です(今度の手術が成功するまで,とか,骨折が直るまで,とか)。
快気祝いだと言われ,さらにリバウンドへのはずみがつきかねません。
軍事戦線の方にお聞きしてみたのですが,周囲にパチンコを好きな方がいても,誘われたり話をされたり,というのは,ほぼ半年くらいがボーダーラインのようです。
半年振り切れるくらいの予防線を張っておけば止めやすくなるかもしれません。

それでも誘ってくるような人は…


鬼畜です。

縁を切りましょう。

スッパリと。

〔長期禁パチ後のリバウンドは…〕

禁パチ,すなわち禁依存は,本当に長い道のりだと感じています。
何ヶ月,何年やっても,「もうこれで大丈夫」という保証が得られるものではありません。
実際,数ヶ月,数年止めた方でもリバウンドすることはありえます。

ある程度の期間の禁パチ後にリバウンドする方は

「もう大丈夫だろう」型
「もうどうでもいい」型

この2つに大きく分けられると思います。

*「もう大丈夫だろう」型の落とし穴

数年,もしくは十数年,数十年パチンコに嵌っていたとしたら。
半年や1年も禁パチできれば大きな充足感と安心感を得ることはが出来ると思います。

すっかり自分はパチンコをコントロールできる,もう以前のような馬鹿な負け方はしない,という自信をもってしまいます。

…が。

実際,これは甘い考え方だといわざる得ないと思います。
数年もの間失っていたコントロールが,たかが数ヶ月程度で戻るものではないのです。

この場合,なまじ長期間禁パチした自信があるだけに,「自分は大丈夫」「いつでも止められる」と過信するあまり,禁パチ以前よりも深みに嵌ることも往々にして起こるようです。

禁パチ期間の間,しっかり自分を掘り下げて,自分自身の依存性質,自分と依存対象との関わり方を改善できればまた話は別なのかもしれませんが,その場合,わざわざ依存対象に近寄る必要性も意味も感じなくなるのではないでしょうか。
ちょっと懐かしくてやってみたい,という気持ちになったとして,たとえやってみたとしても,以前のように依存してしまうのではないかと思いながらでは楽しめるはずもありません。
結局は早々に手を離す…ということになるのではないでしょうか。

「もう大丈夫」だから「遊んでみたい」と思うこと自体,黄色信号が点滅していると考えた方がよいと思います。

*「もうどうでもいい」型の危機

パチンコをやりたい,というよりも,自己不全感や周囲との関係のストレスから,自暴自棄になり依存対象に手を出してしまうのがこのタイプです。

私が一番危惧を感じるのはこのタイプの方ですし,私自身,リバウンドするならこのパターンだろうと思います。

「もう何もかもどうでもいい」「自分なんかどうなってもいい」「どうしてこんなに我慢しなきゃならないんだ」

この思考回路に支配されるタイプの人は,いかに禁パチの利点を説かれようが,パチンコがいかに非効率的で非生産的かをこんこんと説かれようが,あまり意味がありません。
問題は自分の抱える破壊衝動なので,パチンコが非生産的であればあるほど都合がいいのです。
自分を傷つけるため,自分の価値を落とすためにパチンコに走ります。

またこういう人は,非常に生真面目な人が多いので,なんとかして自力でやめなくては,という意識も強く,禁パチサイトやGAなどの力を借りようと思う頃にはかなり依存度が深刻化していることも多いので,もちろん禁パチ対策は必要なのですが,並行して早急に自分の心のメンテナンスをしてやらなければ,結局いつまでたっても次の段階に進めない可能性があります。

個人的には,こういうタイプの方は精神科への通院やカウンセリングを並行して行うことをお薦めします。
もちろん,信頼できる人に相談する,本を読んで考える,など,手段はどんなものでもよいのですが,依存問題の根底にある自己不全感や自己否定観を癒してやらない限り,回復の道は遠いものになります。

そんなにも,自分を傷つけてしまうほど一生懸命生きている人が,価値が無いとか劣っているとかいうことがあるはずがないんです。

何度も回り道を繰り返し,疲れ切ってしまう前に,そのことに気づいて欲しいと願います。

△ このページのTOPへ

【代替依存の功罪

パチンコを止めるときに,新しい趣味,楽しみを見つけたい,という方は多いです。
これはすなわち,一種の代替依存対象を見つけよう,ということです。

パチンコ依存に限って言えば,一番の問題となるのは金銭問題です。
逆に言えば,この問題さえ解決できれば,パチンコ依存症問題もかなりの部分で解決できると言っていいと思います。
特に借金問題を抱えている人は,まず借金を返し,さらにいくばくかの貯金でもできれば問題解決です。

金銭問題が深刻でない場合,もっと解決は簡単です。
パチンコにさえ行かなくなれば,一応の問題の解決をみることができます。

そのため,まずパチンコに行かない,無駄遣いをしない,という習慣を身に着けるために,お金のそれほどかからない趣味や楽しみを見つけることが有効になります。

もちろん,代替依存対象は趣味に限りません。
人によってはそれが仕事であったり,なんらかの社会奉仕活動であったり,家族との関わりであったりします。

適度に,楽しむ程度に依存するのであれば問題はありません。
奉仕活動によって満足感を得たり,家族との信頼関係を回復し充実した日常を送ることでパチンコから遠ざかることができれば,パチンコ依存からは脱却したと考えてよいと思います。

ただし。

依存症というのは,依存対象が問題なのではなく,本人の依存傾向・依存性質が問題であることが多いです。
その依存者の依存対象がパチンコに限定されるのであれば,パチンコ屋から遠ざかることが出来れば何ら問題はないのですが,本質的に依存症性向であれば,次の対象を見つけた時も過度に依存してしまうことは十分有り得ます。

当サイトでも何度か触れている「クロス・アディクション」などが良い例です。
新しいストレス解消法としてお酒に頼り,アルコール依存症になる,仕事に依存してワーカホリックになるなどは非常にわかりやすいパターンです。

対象が趣味であればさほど問題はないように思われます。
確かに,趣味が上達することで達成感を得たり,周囲に認められることによって自分に自信を持つなどにより,抱えていた自己不全感や無力感を癒すことができれば,回復に繋がると思います。

ですが,周囲の人間関係に依存したり,カウンセリングの先生や,趣味の指導者などに過度に傾倒し,全ての判断をこそに委ねるようになれば,知らず知らずのうちに新たな依存症の発生となっていることも十分あります。

一口にパチンコ依存症といっても,程度もタイプも様々で,簡単に一つのものさしで測れるものではありません。
パチンコに行かないだけ,経済状態を改善するだけで回復に至るパターンもあります。

しかし,依存度の高い人ほど,自分の依存性向についてある程度理解していなければ,延々と代替依存をし,あるいはまた以前の対象物に依存する再依存を繰り返す可能性がありえると思います。

「自分はパチンコ依存症です」「本当に病気ですね」
この言葉を口にする人は非常に多いです。
ですが,それでは「依存症とはどんなものか?」と問われて,説明できる人は(決してアカデミックなものでなくても),とても少ないと思います。
それは同時に,自分の依存性向の本質的な問題点に目を向けていない,ということでもあります。

理解さえしてれば大丈夫,というものでもありませんが。
理解しないままであれば,パチンコから一時的に離れることができたとしても,代替依存に陥るか,しばらく時間を置いて再依存するか…というパターンに陥りやすいのではないかと思います。

再依存はともかく,代替依存は必ずしも悪いものではないと思っています。
弊害の少ないものであれば,パチンコ依存ほど大きな問題になることはありませんから。
ですが,本人の依存性向が改善されていない以上,結局ある程度の「依存症者の生きにくさ」とも言える苦痛からの解放は難しいのではないでしょうか。

代替依存の中で,一番問題になってくるのは,個人的には人間関係依存ではないかと考えています。
なぜかというと,まず第一に,パチンコ依存症,アルコール依存症などのように,客観的にみてわかりやすいものでないだけに,依存状態に陥っていること事態が把握しにくいこと。
第二に,価値観から自己の存在意義までも相手に委ねてしまうため,自己の確立がはかりにくく回復が難しいこと。
第三に,無意識ながらも周囲に対しての影響力が非常に強いので,巻き込んだあげく,依存した側,された側の双方が苦境に陥る可能性があることです。

では,一度依存症になってしまうと本質的な回復はありえないのか?

そんな絶望的なことを言いたいのではありません。

回復のキーワードは「自己肯定感」ではないかと私は考えています。
また,自分は依存しているのか,あるいは回復しているのか,それを図るある程度の目安になるのではないかと思います。

△ このページのTOPへ

【自己肯定を取り戻す】

「自己肯定感」は,早い話が「自己不全感」の対極にある感覚です。

いままでこのサイトでも何度も触れてきた「自己不全感」。
自分に対し満足や納得の出来ない気持ち,と解釈してよいと思います。
自分への自信のなさ,不安感と言い換えることもできます。

例えば,パチンコに行きたくてたまらなくなる時って,どんなときでしょうか(手元にお金があって,「よっしゃ,遊ぶぞ〜」という気分のときは除外してくださいね)。

*ストレスが溜まった時
*物事が思い通りに進まずいらいらした時
*自分の問題に対する解決手段がみつからず,考えたくなくなる時
*自分や誰かに対する怒りや不満を抑えるために

もちろん他にもたくさんの理由があると思います。
ただ,細かいディテールをそぎ落としていくと,概ねこういったところに集約されるのではないでしょうか。

誰かや何かに揺さぶられたとき,自分でそれを受け止めたり処理したりできず,「とりあえず」の対処法として「問題を棚上げする」「考えないようにする」ためにギャンブルに走りたくなることが多いように思います。

ただし,誤解をしないで欲しいのは,
「自分で処理する」=「全て自力で解決する」
ではない,ということです。

どんなにしっかりして見える人でも,どんなに自立している人でも,全ての問題を自力解決できる人はいません。
そういう人は,適切な相談相手を知っていたり(知人であったり,専門・行政機関や医療機関を含めて),自分の思考の切り替え方法を身につけているだけです。
逆に,問題解決から逃げてしまう人こそ,自力解決しなければという強迫観念の強い人,と言ってもいいかもしません。

「自分で処理をする」というのは,人手を借りず自分独りで解決することだけでなく,これ以上は自分ではどうにもできないから誰かの手を借りよう,といった判断をすることや,これ以上自分が頑張らなくてもいいだろうと線を引くことも含まれます。

つまり,自分の内界での限界の見極めができる,常に自分を基準に外界をみることができる,ということです。

実を言うと,私がこれが非常に苦手です。
どこまで自分が頑張ればいいのか,どこまでいけば人に助けを求めても許されるのか,そのラインをよく見誤っては,自分を追い込むことになります。

追い込まれて自分に自信が持てなくなったり,自分が周囲に比べて非常に劣っている感覚に囚われると,コントロールができなくなり,以前であればパチンコ屋に向かっていました。

自分はパチンコ依存症で,今止めようと頑張っている,あるいはどうしても止められない,という方,少し考えてみてください。
「どうしても行きたくなるとき」は余裕のあるときでしょうか?
それとも,自分の気持ちに余裕がないときでしょうか?

必ずではありませんが。
ほとんどの方が「余裕がないとき」ではないかと思います。

では,もう一歩踏み込んで。
どんな時に余裕がなくなりますか?

そこに,それぞれの「依存」の根っこがあるのではないかと思います。

「余裕がない」というのは,自分が周囲の状況を正確に把握できない,あるいは受け止められないということです。
すなわち,周囲の状況に振り回されていたり,逃避を図ったりしているということ。

また,中には,端から見て,自分の問題を自分で直視できずに,誰かが解決してくれるのを期待して問題を放棄するタイプ,というのも存在します。
問題を放棄する,という場合も,広く見ればやはり「問題を解決する能力の無い自分」という認識があるわけで,もし問題解決能力に自信を持っていたり,誰かに相談することを否定的に考えていなければ,問題を受け止めることができるのであり,やはり自己肯定感の低いタイプ,と考えることができると思います。

自分の限界を見極めることができ,「私が頑張るのはここまで」と線を引けたり,「これはもう誰かに頼もう(相談しよう)」と考えを切り替えることが出来れば,振り回されることもなく,まして逃避する必要もありません。

あくまでも自分の中心に自分を置いて,自分を基準にして物事を考えることが出来れば,自己不全感を感じることは少なくなります。

自分の中心に自分を置く,というのはとてつもなく自己中心的なことに思えるようであれば,かなり自己不全感の強いタイプの人ではないかと思います。

というのは,周囲を助けるにせよ,思いやるにせよ,本来自分が安定していないとできないことだからです。
自分が安定しないままに人の問題に関わると,相手を受け止めきれずに終わったり,中途半端に手を出すことで余計に状況を悪くしたり,自分の負担を処理できず自分の状況が非常に悪くなったり…といった二次災害的な被害を引き起こすことになりかねません。

周囲(社会と言い換えてもいいと思います)と関わりあう上で,自分が自分であることを肯定する気持ち,自分を認める気持ちを持つことは大事だと思います。

例えば,反省することと自分を責めることは違います。
「反省すること」は,次回のために改善点を探ること。
「自分を責めること」はあくまでも問題発生時に立ち戻って,その時に適切な対処・判断の出来なかった自分を否定的にみることです。

「反省」出来る人は自己肯定のできる人。
「自責」する人は自己否定感の強い人。
そういう言い方もできると思います。

自分は依存症ではないかと思うなら。
まず,自分を責めず,認めるところから始めると,また違う考え方が生まれるかもしれません。

では,どうすればそういう考え方ができるのか?

これがまた,簡単なマニュアルがあるわけではないので,難しいのですが…(ここまで言っておいて逃げるなと言われそうですが,本当に明確な方法論があるわけではないのです)

ただ,私に関して言えば。
病根はそこだ,と思ったときから,出来るだけ意識して自己否定を避けるよう心がけました。
自分を肯定的に見てくれる人を思い浮かべて,「あの人が信頼している人なら信じられる,だからあの人が信頼している私自身も信じられる」と,周囲から肯定的に見られていると自信をもつように意識的に考えました(これは周囲を基準にしてしまうことを逆手にとった逆療法的な考え方ですが)。
「自分の自己否定観は病的」との認識から,カウンセリングにも通いました。

また,自分の肯定感が揺らぎそうな時には,自己肯定的な考え方を説いた本,というのはたくさん読みました。

自分を変えていく意識を抜きにしては,依存症からの回復は難しいです。

自分がしっかり根を張って自立していれば,そもそも「依存する」という必要がなくなります。
それ自体が,もともと依存性向のある人にはとても難しいことではあるのですが。

サイトマップへ

せめて,自分が過度に自己否定的だと認識できるだけでも,また「パチンコに行きたい」という心理状態に陥ったとき,どのように思考を切り替えていけばいいか,というのは見えてくると思います。

≪ 前へ:●パチンコ依存症者の抱える問題 | 次へ:◆パチンコ依存の処方箋  ≫
                       △ このページのTOPへ | 
HOMEへ >